建築物のガラスは、採光や景観の確保、防犯、断熱、そしてデザイン性の面で欠かせない素材です。
しかし、この硬く見えるガラスも、風圧や自重などの外力によって、ごくわずかに変形することがあります。
この変形が「たわみ」です。
たわみは、ガラスの安全性や耐久性、さらには美観にまで大きく影響するため、設計・施工においては、その厚さや設置条件に応じた許容範囲を理解しておく必要があります。
この記事では、ガラスのたわみとは何か、厚さによる変化、そして許容範囲について、その基本的な考え方を解説していきます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。
実際の設計や施工にあたっては、必ず専門家に相談し、適切な計算と評価を行ってください。
目次
「たわみ」とは?ガラスが曲がるメカニズム
たわみとは「弾性的な変形」のこと
たわみ(Deflection)とは、ガラスに風圧や自重などの力が加わった際に、ガラス板が元の位置からどれだけ変形するかを示す物理現象です。
わかりやすく言えば、「しなり」のことです。
ガラスのたわみは、力が加わっている間だけ発生し、力を取り除けば元の形状に戻る「弾性変形」の範囲内です。
割れてしまう「塑性変形」や「破損」とは根本的に異なります。
たわみを引き起こす主な要因
ガラスのたわみは、以下の4つの要素によって決まります。
これらの要素が複雑に絡み合い、たわみの大きさを決定します。
- 荷重の大きさ:風圧や積雪、自重など、ガラスにかかる力が大きいほどたわみも大きくなります。
- ガラスのサイズ:面積が大きいほど、たわみやすくなります。
- 支持方法:ガラスの四辺をフレームで支持しているか、二辺だけか、一点支持かなど、どのように固定されているかによってたわみの仕方は大きく変わります。
- 厚さ:厚いほど剛性が高く、たわみは小さくなります。

厚さによるたわみの変化|知っておきたい「3乗の法則」
ガラスの厚さは、たわみの大きさを決めるうえで非常に重要な要素です。
物理学の理論に基づくと、たわみ量は厚さの3乗に反比例します。
δ ∝ 1 / t³
※ δ(デルタ)はたわみ量、tはガラスの厚さ(mm)
この式が示すのは、例えばガラスの厚さを 2倍にすると、たわみ量は 約1/8 に減るということ。
逆に厚さを 半分にすると、たわみ量は 8倍 に増加します。
W900×H1800サイズのガラスを例に考えてみると…
例として、W900×H1800のガラスの場合、厚さが6mmのガラスと、12mmのガラスではたわみの量が大きく異なります。
厚さ12mmは6mmの 2倍の厚さなので、たわみ量は理論上 1/8に軽減されるのです。
サイズが大きくなるほど、厚さの影響も顕著に
ガラスの「サイズが大きくなる」=「スパン長が伸びる」ことを意味します。
たとえば同じ厚さのガラスでも、
- W900×H1800mm よりも
- W1200×H2400mm の方が、
中央のたわみは大きくなります。つまり、厚さを増やす必要があるというわけです。
このように、「厚さの3乗に反比例する」という理論だけでなく、ガラスサイズとのバランスも重要です。
現場では設計荷重や設置条件をもとに、最適な厚さを選定していくことになります。
たわみの許容範囲とは?安全・快適な建築のための基準
なぜ許容範囲が必要なの?
たわみが大きすぎると、以下のような問題が発生するリスクが高まります。
- 安全性の低下:ガラスにかかる応力(ストレス)が大きくなり、破損リスクが増加します。
- 水密性・気密性の問題:ガラスとサッシの間のシーリング材が剥がれ、雨漏りや隙間風の原因となります。
- 美観の低下:ガラスに映り込む景色や光が大きく歪んで見え、建物の外観を損ないます。
これらの問題を避けるために、たわみ量には「安全かつ機能的に問題のない最大値」、つまり許容たわみ量が設定されています。
建築基準や設計指針における許容たわみの目安
ガラスのたわみについては、建築基準法に明確な数値基準はありませんが、
実務上は、業界団体の指針や設計基準に基づき、許容たわみの範囲が設定されます。
一般的には、ガラスの短い辺の長さ(スパン長 L)に対する比率で許容たわみが示されます。
この基準は、安全性と美観の両方を考慮したものです。
例: W900mm × H1800mm のガラスの場合 ガラスの短い辺(スパン長) = 900mm 代表的な許容たわみ比率を L/120 とすると、 許容たわみ量 = 900mm÷120=7.5mm つまり、このガラスのたわみは最大で約7.5mmまでが許容範囲の目安となります。
長辺方向のたわみも重要
ガラスは長辺方向(この例では1800mm)にもたわみます。
たわみはスパン長の3乗に比例するため、長辺方向は短辺方向よりはるかにたわみやすくなります。
※支持条件の影響も大きく受けます
実際の設計では、短辺方向のたわみ許容値と長辺方向のたわみ許容値の両方を計算し、どちらも許容範囲内に収まるようにします。
許容たわみの目安一覧(一例)
用途・重要度 | 許容たわみの目安(Lに対する比率) | 900mmスパンの許容たわみ量目安 |
一般的な窓ガラス | L/60 〜 L/200 | 4.5mm 〜 15mm |
ガラス手すりやガラス床など | L/300 〜 L/500 | 1.8mm 〜 3mm |
参考:人が歪みを視認する目安 | L/80程度 | 11.25mm程度 |
※これらの目安は一般的な基準であり、ガラスの種類や支持方法などによって変動します。
実際の設計にあたっては、専門家による計算が不可欠です。
まとめ|建築におけるガラスたわみ管理のポイント
- たわみは、荷重によってガラスが弾性的に変形する現象であり、完全に避けられないものです。
- ガラスの厚さが増すほどたわみは大きく抑制され、その関係は「3乗に反比例」します。
- 設計段階で荷重条件や支持方法を考慮し、許容たわみ範囲を超えないように厚みや構造を決定することが不可欠です。
- 施工時のガラスの取り扱いや支持枠の設計も、たわみ制御には重要です。
適切な設計と施工によってガラスのたわみを管理することが、安全で快適な建築空間を実現する鍵となります。