「あれ、いつの間にこんなひびが…?」
ご自宅やオフィス、店舗で、ふと見慣れないガラスのひび割れを発見して驚いた経験はありませんか?
一見、何もしていないのにガラスにひびが入るなんて不思議に思えるかもしれません。
しかし、ガラスのひび割れには必ず原因があります。
今回は、建築用ガラスとして最も広く使われている「フロートガラス」を中心に、なぜガラスにひび割れが起こるのか、そのメカニズムと主な原因について詳しく解説していきます。
目次
ガラスとは何か?ひび割れを理解するための基礎知識
ガラスは、私たちの生活に欠かせない透明な素材です。
窓ガラス、食器、液晶ディスプレイなど、様々な製品に使われています。
しかし、その透明性とは裏腹に、ガラスは非常にデリケートな一面も持ち合わせています。
ガラスは「非晶質固体(アモルファス固体)」と呼ばれ、特定の結晶構造を持たないのが特徴です。
通常の固体のように原子が規則正しく並んでいるわけではなく、液体のように原子が不規則に配置された状態で固まっています。この特殊な構造が、ガラスの透明性を生み出す一方で、ひび割れやすい性質にも繋がっています。
ガラスのひび割れは、「引張応力」と呼ばれる力がガラスに加わることで発生します。
ガラスは、引っ張る力に対して非常に弱く、ごくわずかな引張応力でもひび割れが生じる可能性があります。
一方で、圧縮する力に対しては非常に強いという特性があります。
つまり、ガラスに何らかの形で「引っ張る力」が集中することが、ひび割れの直接的な引き金となるのです。

フロートガラスのひび割れ|主な原因
一般的な建物で最も広く用いられているのが「フロートガラス」です。
溶融したガラスを溶けた錫(すず)の上に流し、平坦な板状に成形する「フロート法」という製法で作られます。
非常に平滑で透明度が高いのが特徴です。
フロートガラスのひび割れは、主に以下のいずれかの原因によって引き起こされます。
外部からの衝撃(物理的な衝撃)
最も分かりやすいひび割れの原因は、外部からの物理的な衝撃です。
- 飛来物による衝撃: ボール、石、風で飛ばされた小石や枝、工事現場からの飛来物などが窓ガラスに衝突することで、ひび割れが生じます。特に、衝撃点が点であるほど、その部分に応力が集中しやすく、ひび割れが発生しやすくなります。
- 人や物の接触: お子様がぶつかる、家具をぶつける、清掃中に誤って工具を当てるなど、日常的な接触でもひび割れに至ることがあります。
- 地震などによる揺れ: 大きな地震が発生した際、建物の揺れや隣接する建物との接触、または室内の物が倒れてガラスに衝突することでひび割れが発生することがあります。
衝撃によるひび割れは、衝撃点から放射状にひびが広がる「蜘蛛の巣状」や、直線的に亀裂が入る「線状」など、様々なパターンが見られます。
熱割れ(温度差による応力)
「何もしていないのにガラスにひびが入った!」という場合、その原因として最も多いのが「熱割れ」です。
熱割れは、ガラス内部の温度差によって生じるひび割れで、特に冬場に多く見られます。
コップに熱いお湯を注いで割ってしまった経験はありませんか?
この「熱割れ」は、ガラスに部分的な温度差が生じることで発生します。ガラスは熱を帯びると膨張し、冷えると収縮する性質を持っています。
この膨張・収縮は均一に起こっていれば問題ありませんが、ガラスの表面や内部で温度差が生じると、場所によって伸び縮みの度合いが変わってしまいます。この異なる伸び縮みが、ガラス内部に「引張応力(熱応力)」を発生させ、ひび割れを引き起こすのです。
熱割れが発生するか否かは、発生する熱応力と、ガラスが保持している許容熱応力の関係で決まります。発生熱応力よりも許容熱応力の方が高ければ、熱割れはしません。
窓ガラスの場合、直射日光を受けた部分は温度が上昇して膨張します。一方、ガラス周辺のサッシに埋め込まれた部分など、日射が当たっておらず、またパッキン等の部材に触れている部分は、さほど温度は上昇しません。それにより強い熱応力が発生し、サッシに近い部分に「ピシッ」とひびが入り、その後、そのひびがどんどん広がっていきます。
熱割れは、温度の「差」によって起こるので、日差しが強い夏季よりも、冬の晴れた日の午前中に起こりやすくなります。
夜間に、サッシの周りのガラスが冷え切った状態で、強い日射を受けることで、大きな温度差が生じるのです。
熱割れは、主に以下の要因が複合的に絡み合って発生します。
- 日射の影響: 日差しが当たる部分と当たらない部分で温度差が生じます。特に、サッシに隠れているガラスの端部は日射が当たりにくく、温度が上がりにくい一方で、中央部分は日射によって大きく温度が上がります。この端部と中央部の温度差がひび割れの原因となります。
- 室内外の温度差: 冬場に暖房を使用すると、室内側のガラスは温まり、室外側のガラスは冷たいままという状態になります。この温度差も熱割れのリスクを高めます。
- 部分的な影: 庇や軒、カーテン、ブラインド、家具などがガラスの一部に影を作ることで、日差しが当たる部分と影になる部分で温度差が生じ、熱割れを引き起こすことがあります。
熱割れによるひび割れは、ガラスの端部(特に切断面)から垂直に伸びるのが特徴です。
一見、定規で引いたようにまっすぐなひびが入ることが多く、衝撃によるひび割れとは異なる形状をしています。
施工不良・設置不良
ガラスの設置方法に問題がある場合も、ひび割れの原因となることがあります。
- 不適切なクリアランス(隙間): ガラスとサッシの間に適切なクリアランスが確保されていないと、熱膨張・収縮時にガラスが自由に動けず、応力が集中してひび割れが発生します。
- サッシの歪み: 建物の構造的な歪みや、サッシ自体の経年劣化による歪みがガラスに不均一な圧力をかけ、ひび割れを引き起こすことがあります。
- サッシの選択ミス: 開口部のサイズや設置環境に適さないサッシを選定した場合、ガラスへの負担が大きくなることがあります。
これらの施工不良は、設置後すぐにひび割れとして現れることもあれば、時間が経過してから、あるいは環境の変化(温度変化など)によってひび割れとして表面化することもあります。
経年劣化
ガラスそのものの劣化というよりは、ガラスを支えるサッシやゴムパッキン、シーリング材などの周辺部材の経年劣化が間接的にひび割れの原因となることがあります。
- シーリング材の劣化: 前述の通り、シーリング材の劣化もガラスの動きを阻害し、応力集中を引き起こす可能性があります。
- サッシの歪み: サッシ自体が経年劣化や建物の歪みによって変形し、ガラスに負担をかけることがあります。
網入りガラスの熱割れについて
通常のフロートガラスのひび割れ、特に熱割れについては前述の通りです。
しかし、防火地域や準防火地域で多く用いられる「網入りガラス」には、フロートガラスとは異なる、特有の熱割れリスクがあります。
網入りガラスは、ガラスの中に金属の網(ワイヤー)を封入することで、万が一ガラスが割れても破片が飛び散りにくく、火災時にガラスが脱落するのを防ぐ「防火性能」を持たせたガラスです。
一見すると、内部の金属網があることで丈夫そうに見えますが、この金属網こそが熱割れのリスクを高める原因となります。
フロートガラスの熱割れは、ガラス自身の温度差(日射の当たる部分と当たらない部分など)によって生じる引張応力が主な原因でした。
これに対し、網入りガラスの熱割れは、以下のようなメカニズムで発生します。
- 金属網の熱吸収と熱膨張: ガラス内部の金属網は、ガラスよりも熱を吸収しやすく、熱伝導率も高いため、日射を受けるとガラス本体よりも早く、そして大きく温度が上昇します。
- 膨張率の違いによる内側からの応力: 金属とガラスでは、熱による膨張率が異なります。日射によって金属網が膨張する際、周囲のガラスを内側から引っ張るような力(引張応力)が働きます。この力が、ガラスの許容熱応力を超えるとひび割れにつながります。
- 網の端部への応力集中: ガラスの切断面近くにある金属網の端部は、熱膨張によってガラスに強い引張応力を生じさせやすく、ここを起点に熱割れが発生することが非常に多く見られます。
網入りガラスは、フロートガラスに比べてこの「許容熱応力」が小さいため、同じ熱応力が発生しても、網入りガラスの方が熱割れしやすい傾向にあります。
また、ワイヤーのサビなどの影響で、さらに許容熱応力が下がり、熱割れしやすくなることもあります。
網入りガラスは防火性能を持つ一方で、金属網の存在が原因で熱割れのリスクを抱えていることを理解しておくことが重要です。特に、カーテンやブラインドを密着させたり、ガラス面に物を置いたりすることは、網入りガラスの熱割れリスクをさらに高める行為ですので注意が必要です。


窓フィルムと熱割れの関係
熱割れリスクが上昇する行為の一つに、ガラスに物を貼り付けることが挙げられます。
たとえば、窓の真ん中に黒いポスターを貼ると、ポスターの部分に熱が吸収され、温度が上がりやすくなります。
それにより、ポスターが貼られていないサッシ周辺のガラスとの温度差が激しくなります。
窓フィルムも、その危険性はゼロではありません。
フィルムを貼った後に熱割れが起こってしまうというケースは、ごくまれにあります。
しかし、熱割れ計算をきちんと行えば、熱割れはほとんど起こらないということもあります。
ひび割れを発見したら|対処法と注意点
もしガラスにひび割れを発見したら、以下のように対処し、十分注意してください。
- 安全確保を最優先: ひび割れたガラスは非常に危険です。絶対に素手で触らないでください。破片が飛散する可能性があるため、周囲に人が近づかないように注意喚起し、小さなお子様やペットがいる場合は特に注意が必要です。
- 応急処置: 状況によっては、飛散防止フィルムや養生テープなどでひび割れの周囲を一時的に覆い、ガラスの脱落や破片の飛散を防ぐことができます。ただし、これはあくまで応急処置であり、根本的な解決にはなりません。
- プロに相談: ひび割れたガラスは、放置するとさらに割れが広がるだけでなく、思わぬ事故に繋がる可能性があります。ご自身での修理は非常に危険ですので絶対に避け、必ずガラス専門業者に相談し、適切な交換工事を依頼してください。
まとめ
ガラスのひび割れは、突発的に見えても必ず原因があります。外部からの衝撃、ガラス内部の温度差で生じる熱割れ、施工不良、そして経年劣化など、その要因は多岐にわたります。特に、フロートガラスの熱割れや、網入りガラス特有のリスク、さらには窓フィルムとの関係性も理解しておくことが大切です。
「なんで割れたの?」という疑問から一歩踏み込み、ガラスの性質とリスクを知ることは、長く快適に使うための第一歩です。もしガラスにひび割れを見つけたら、危険ですので決してご自身で修理せず、必ず専門業者にご相談ください。
