空気が乾燥し、火災のリスクが高まる季節を迎えています。
建物火災において、外装や屋根に燃えにくい材料を使っていても、窓やドアなど「ガラスが使われている建物の開口部」が火の通り道となり、被害が拡大するケースは少なくありません。
万が一の事態に備え、建物全体の防火性能を確かなものにするためには、まずはガラスが火災時にどのような挙動を見せるのか、そのメカニズムを正しく知ることが不可欠です。
本記事では、「熱割れ」の仕組みと、延焼を食い止めるための防火ガラスについて解説します。
目次
建物において「窓やドア」が火災の弱点になる理由
建物の耐火性能を考える上で、窓やドアは「壁に開いた穴」という側面を持ちます。
外装がどれほど強固な耐火性能を持っていても、そこにあるガラスが破損して脱落すれば、建物に大きな隙間が生じます。
そこから炎が噴出したり、隣家からの火を室内に招き入れたりすることで、建物全体へと火が回る「延焼経路(えんしょうけいろ)」が形成されてしまいます。
都市部の防火地域において、窓ガラスに法的な制限が設けられているのは、窓を「炎を遮断する外装の一部」として機能させ、街全体の火災連鎖を防ぐためでもあります。

ガラスが割れる主因:不均一な加熱による「熱割れ」
「ガラスは熱に弱い」と思われがちですが、実はガラスそのものは不燃材料であり、均一に加熱された場合、約700℃付近まで耐え、そこからようやく軟化(柔らかくなること)が始まります。
それにもかかわらず、なぜ火災時にわずか数分でガラスが割れてしまうのか。
その答えは、火災特有の「不均一な加熱」にあります。
「熱膨張の差」が生む目に見えない力
ガラスが熱を受けると、その部分は膨張して広がろうとします。
しかし、窓にはめ込まれたガラスは、決して均一には熱せられません。
- 高温部(中央付近): 炎や熱気、放射熱を直接受けて急激に温度が上がり、大きく膨張しようとします。
- 周辺部(エッジ): サッシ(窓枠)の溝に隠れている部分は、枠によって熱が遮られるため、中央部ほど温度が上がりません。
この時、大きく広がろうとする中央部を、周辺部が外側から締め付けるような形になります。
この温度差によって生じる歪みが、ガラスの端部に強力な「引張応力(ひっぱりおうりょく)」を発生させます。
限界点は「60℃の温度差」
板ガラスは「圧縮」される力には非常に強い反面、この「引張」に対しては極めて脆い性質を持っています。
一般的な5mm厚の板ガラスの場合、1枚のガラスの中で約60℃以上の温度差が生じると、エッジ部分の引張応力がガラス自体の強度限界を超えます。
すると、サッシに隠れたエッジの微細なキズなどを起点に一気に亀裂が走り、破損に至ります。
これは、冷えたガラスコップに熱湯を注いだ際に割れるのと同じ物理現象です。
火災現場では、この温度差がわずか数分で発生するため、消火が始まる前に「窓という防御壁」が失われてしまうのです。

外装だけではない、内装ガラス(避難経路)の重要性
防火対策が必要なのは、外装の窓だけではありません。
ビルや大規模な建物では、建物内部の「避難経路」を守るためにも防火ガラスが重要な役割を果たします。
炎と煙を遮断し、逃げ道を確保する
廊下、階段、ロビーなどの避難経路と、その他の居室を仕切る壁(間仕切り)にガラスが使われている場合、そのガラスには「炎や煙を一定時間通さない性能」が求められます。
もし内装の仕切りガラスが火災の熱で早期に割れてしまえば、避難通路に炎や有毒な煙が充満し、人々が逃げ遅れる致命的な事態を招きます。
そのため、たとえ室内であっても、避難経路に面する箇所には、熱に強い「防火設備」としてのガラスを採用し、安全な空間を維持し続ける必要があるのです。

太陽光による「熱割れ」と火災による破損の違い
日常的な太陽光による熱割れもメカニズムは同じですが、火災による破損とはその深刻度が決定的に異なります。
日射による熱割れのケース
太陽の放射熱による熱割れは、時間をかけてじわじわと温度差が生じることで発生します。
多くの場合、1本から数本のヒビが入る程度に留まり、ガラスがその場から崩れ落ちることは稀です。
火災による熱割れのケース
対して火災による熱割れは、炎や熱気によって一気に極端な温度差が発生します。
急激かつ強大なエネルギーが加わるため、ガラスは激しく損壊し、そのまま枠から脱落しやすいのが特徴です。
単に「割れる」だけでなく、そこに「火と煙の通り道」ができてしまうことが、建物全体の安全管理における最大の脅威となります。
外装であれば延焼のリスク、内装であれば避難経路の喪失に直結するため、日射による熱割れとは比較にならないほどの大きなリスクを抱えているのです。
防火設備として認められているガラス
建築基準法では、火災の際に炎の貫通を一定時間防ぐ性能を持つものを「防火設備」と呼んでいます。
ガラスにおいても、法的にこの性能が認められている製品があり、建物の場所や用途に応じて使い分けられています。
網入板ガラス:破片の脱落を防止する
古くから防火設備として広く認められているのが、金属製の網を封入した「網入板ガラス」です。
このガラスの最大の役割は、「割れても形を保つこと」にあります。火災の熱でヒビが入ることは前提としつつ、内部の金網がガラス片を繋ぎ止めることで、脱落して大きな穴が開くのを防ぎます。
これにより、延焼の防止や避難路の確保に大きく貢献します。
網のない防火ガラス(耐熱強化タイプ):透明な安全の選択肢
「網のないスッキリした視界」と「高度な防火性能」を両立する防火設備として認められているのが、建築用の防火ガラス(耐熱強化タイプ)です。
一般の板ガラスに特殊な熱処理を施すことで、防火設備としての遮炎性能を持たせたものです。
主要メーカーからは、AGCの「マイボーカ」や日本板硝子の「パイロクリア」といった、防火設備認定を受けた建築専用ラインナップが展開されています。
- メリット: 網がないため視認性が高く、万が一の破損時も破片が粒状になるため避難時の安全性も確保されます。
- 特徴: 網入りガラスが「割れても保持する」のに対し、こちらは「高度な強度で割れずに持ちこたえる」ことで炎を遮断します。
デザイン性が求められる店舗や、状況確認が重要な避難経路の間仕切りなど、現代の安全な空間づくりに欠かせない防火ガラスです。
まとめ:建物の防火性能を維持するために
窓ガラスや内装の間仕切りガラスは、建物の内外や部屋同士を仕切る境界線であると同時に、火災時には命を守る「盾」としての役割を担います。
この盾の機能を維持するためには、ガラス単体だけでなく、サッシと一体で適切な部品を用い、正しい施工がなされていることが大前提となります。
特に乾燥する季節は、改めて建物全体の防火性能を確認し、適切なガラスが設置されているか、また経年による劣化(網入りガラスの錆など)がないかを点検することが、安全を保つための現実的な一歩となります。































