現代建築において、省エネルギーと快適な室内環境の実現は、一般住宅からオフィスビル、商業施設、公共施設に至るまで、あらゆる建物の設計・運用における最重要課題です。
その中心的な役割を担う建材の一つが「Low-Eガラス」です。
目次
Low-Eガラスとは?基本概念と「Low Emissivity」の意味
Low-Eガラスは、「Low Emissivity(低放射率)」の略称で、特殊な金属膜(Low-E膜)がコーティングされた高機能ガラスを指します。
この膜が熱の放射を抑えることで、断熱性能と遮熱性能の両方を向上させ、一年を通して快適な室内環境の維持に貢献します。
一般的な複層ガラスは2枚のガラスと、その間に封入された乾燥空気層で構成されますが、Low-Eガラスはこの複層ガラスの片面にLow-E膜が形成されています。
この膜は、極めて薄い銀(Ag)を主成分とする層が複数層にわたってコーティングされており、目に見える光は透過させながら、日射熱や室内の暖房熱といった放射熱の移動を効果的に制御します。
Low-Eガラス イメージ
🔴 熱
🟡 光
「断熱」と「遮熱」Low-Eガラスが両立する熱制御のメカニズム
熱の移動には「伝導」「対流」「放射」の3つの形態があります。
窓における熱の出入りは、特に「放射」による影響が大きく、Low-Eガラスはこの放射熱の移動を抑制することで、優れた断熱・遮熱性能を発揮します。
- 断熱(冬期): 「断熱」とは、冬季に室内の暖かい熱が屋外へ逃げるのを防ぐ機能です。熱は常に温度の高い方から低い方へ移動する性質があります。冬場、暖房で温められた室内の熱は、窓を通じて冷たい屋外へと放射されようとします。Low-Eガラスに施された低放射率の膜は、室内の熱がガラス面から外部へ放射されるのを抑え、熱の流出を大幅に削減します。これにより、室内の暖かさを効率的に保持し、暖房負荷の軽減に寄与します。
- 遮熱(夏期): 「遮熱」とは、夏季に太陽からの日射熱が室内へ侵入するのを防ぐ機能です。夏場、強い日差しが窓から差し込むと、室温が上昇し、冷房効率が低下します。Low-Eガラスは、この日射熱の一部を反射・吸収することで、室内への熱の流入を抑制します。特に日射熱の侵入を多く防ぎたい温暖地域においては、この遮熱性能が非常に重要となります。
Low-E膜は、この断熱と遮熱という相反する機能を見事に両立させることで、四季を通じて快適な温熱環境を提供します。

Low-E膜のコーティング位置|地域特性に合わせた選定の重要性
Low-E膜は、複層ガラスの中空層に面したどちらかのガラス表面にコーティングされます。
このコーティング位置は、ガラスの性能を最大限に引き出す上で非常に重要であり、主に「室外側のガラスにコートされたもの」と「室内側のガラスにコートされたもの」の2種類が存在します。
その理由は、Low-E膜が「熱の来る側(温度の高い側)」に配置されることで最も効果を発揮するからです。
- 温暖地域(遮熱タイプ): 主に夏季の冷房負荷軽減を重視する地域では、屋外側のガラスにLow-E膜をコーティングしたタイプが適しています。これにより、日差しの強い夏場に外部から侵入する日射熱を効果的に反射・吸収し、室温の上昇を抑えます。
- 寒冷地域(断熱タイプ): 冬季の暖房負荷軽減を重視する地域では、室内側のガラスにLow-E膜をコーティングしたタイプが適しています。これにより、室内の暖かい熱が外部へ逃げるのを効果的に抑制し、暖房効率を高めます。
どちらのタイプを選ぶかは、建物の立地する気候条件と、年間を通じてどの性能をより重視するかによって判断する必要があります。

Low-Eガラスには「断熱タイプ」と「遮熱タイプ」がありますが、どちらも共通して、断熱性能を持っています。
ガラスの構造や中間層の厚みが同じであれば、Low-E金属膜の位置(室内側 or 室外側)に関わらず、断熱性能を示す「熱貫流率(U値)」には大きな違いはありません。
あらゆる建物におけるLow-Eガラスの用途とメリット
Low-Eガラスは、その優れた熱制御性能から、一般住宅に留まらず、オフィスビル、商業施設、公共施設、医療・教育施設など、様々な建築プロジェクトで採用され、多大なメリットをもたらします。
- 省エネルギーと環境負荷低減: 窓は建物の熱の出入りにおいて最も弱点となる部位の一つです。Low-Eガラスを採用することで、窓からの熱損失・熱取得を大幅に削減し、冷暖房エネルギー消費量を抑制します。これは、建物のランニングコスト削減に直結するだけでなく、CO2排出量の削減にも貢献し、**ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)やZEH(ゼロエネルギーハウス)**の実現にも不可欠な要素です。特に大規模なオフィスビルや商業施設では、窓面積が大きいため、Low-Eガラスによる省エネ効果は絶大です。
- 快適な室内環境の創出: 冬は窓辺のコールドドラフト(冷気を感じる現象)を抑制し、夏は窓からのジリジリとした日差しによる不快感を軽減します。これにより、室内温度のムラが減少し、従業員や利用者の快適性向上、ひいては生産性向上にも寄与します。特にオフィスや商業施設では、快適な環境が顧客満足度や従業員のエンゲージメントに直結します。
- 結露の抑制と維持管理の軽減: Low-Eガラスは、ガラス表面温度と室内温度の差を小さく保つ効果があるため、結露の発生を抑制し、窓周りのカビやダニの繁殖を防ぐ効果も期待できます。これにより、清掃やメンテナンスの手間を軽減し、建物の維持管理コストを削減します。
- UV(紫外線)カット効果: 製品によっては、紫外線カット機能も備えており、室内の展示品、商品、什器、家具、床材などの日焼けや色褪せを抑制する効果も期待できます。美術館、店舗、オフィスなどで特に重要な機能となります。
「熱貫流率(U値)」から見るLow-Eガラスの性能
建物の部位がどのくらい熱を伝えやすいかを示す数値として「熱貫流率(U値)」があります。
これは「部位面積1㎡あたり、内外の温度差が1℃の時に1時間に移動する熱量」を表し、単位は(W/㎡・K)です。
U値が小さいほど熱の移動量が少なく、断熱性能に優れていることを示します。
参考までに、5mmの単板ガラスのU値が約5.9W/㎡・Kであるのに対し、高性能なLow-E複層ガラスのU値は1.0W/㎡・Kを下回るものが多く、その断熱性能の高さは一目瞭然です。
窓が建物のエネルギー効率に与える影響は非常に大きく、特に大規模ガラス面を持つ建物では、U値の低いLow-Eガラスの採用が、建築全体の省エネルギー性能向上に直結します。
Low-Eガラス導入における注意点
Low-Eガラスの導入を検討する際には、そのメリットを最大限に活かすために以下の点に注意が必要です。
- 気候条件に応じた適切なタイプ選定: 前述の通り、Low-E膜のコーティング位置(遮熱タイプか断熱タイプか)は、地域の気候特性に合わせて慎重に選定する必要があります。
- 方位と日射取得のバランス: 窓の方位によって日射の入り方は大きく異なります。特に南面など日射取得を積極的に行いたい面では、遮熱性能が高すぎると冬場のパッシブソーラー効果が損なわれる場合があります。設計段階で各方位の窓の特性を考慮し、最適なLow-Eガラスを選定することが重要です。大規模建築物では、ファサード全体の熱負荷計算に基づいた複合的な検討が求められます。
- 視認性・色味の変化: Low-E膜は非常に薄い金属膜ですが、製品によっては光の反射具合や透過する光の色味にわずかな影響を与える場合があります。これは製品の種類によって異なるため、特に意匠性を重視する建築物では、事前にサンプル等で確認することをおすすめします。
まとめ
Low-Eガラスは、現代建築において欠かせない高機能建材です。
その優れた断熱・遮熱性能は、一般住宅から大規模建築物まで、あらゆる建物の省エネルギー化と快適な室内環境の実現に大きく貢献します。
特性を深く理解し、建物の用途や立地、設計意図に合わせた適切な選定を行うことで、Low-Eガラスは建築物の価値を一層高めることでしょう。
本記事が、建築関係者の皆様のLow-Eガラスに対する理解を深め、今後の多様な建築プロジェクトの一助となれば幸いです。