「合わせ鏡」
この鏡は、2枚の鏡が向かい合うことで、映像が連鎖的に繰り返され、一般に「ドロステ効果(Droste effect)」と呼ばれます。
この視覚的な奥行きがどのようにして作られ、なぜ鏡では特有の変化が起きるのか。
光の反射という物理現象と、ガラスという素材の化学的特性から解説します。
目次
合わせ鏡における「光の往復」
鏡の前に立つと自分の姿が映るのは、体で反射した光が鏡の表面(銀膜)で跳ね返り、目に届くためです。
合わせ鏡の場合、この反射した光が向かい側の鏡へと飛び、さらにそこで反射して戻ってくるというサイクルが繰り返されます。
この光の往復によって、鏡の中に「鏡に映った自分」が次々と投影されます。
光の速度は極めて速いため、私たちはこの連鎖を一瞬の出来事として、無限に続くトンネルのように認識します。
物理的な条件:平行精度と像の連続性
理論上はどこまでも続くはずの列ですが、現実には途中で像が曲がったり、消えてしまったりすることがあります。これには「反射の法則」が関わっています。
累積する角度の誤差
光は鏡に対して「入射角と反射角が等しくなる」ように跳ね返ります。
そのため、2枚の鏡が完全な平行からわずかでもズレていると、反射を繰り返すごとにその誤差が蓄積されていきます。
- 外側に開いている場合: 映像は回数を重ねるごとに外側へと逃げていきます。
- 内側に傾いている場合: 映像は螺旋を描くように中心へ向かって歪んでいきます。
下地の平滑度が与える影響
建物の壁面には目に見えない微細な凹凸があります。
単に鏡を壁に密着させただけでは、壁の歪みを鏡が拾ってしまい、光の光路を乱してしまいます。
意図した通りに奥行きを伸ばすには、取付時に下地の状況を確認し、ミリ単位で鏡の角度を調整して、2枚の鏡の平行度を確保することが重要になります。

化学的な特性:ガラス成分と色の変化
合わせ鏡の奥が深緑色に見えるのは、鏡の基材である「ガラス」の化学組成による現象です。
酸化鉄による波長の吸収
一般的な鏡に使われる「フロート板ガラス」には、微量の酸化鉄が含まれています。
この鉄分には、光の波長のうち「赤」や「紫」を吸収しやすく、「緑」を透過させやすいという性質があります。
合わせ鏡では、反射のたびに光がガラスの厚みの中を往復します。
- 10回反射すれば、ガラス20枚分の厚みを通過したことと同じ負荷がかかります。
- 反射を繰り返すほど緑以外の色が失われ、最後に残った緑色の波長だけが強調されるため、奥に行くほど深い緑色へと沈んでいくのです。

素材選定による見え方の違い
この色の変化は、ガラスの透明度によってコントロールできます。
鉄分を除去した「高透過ガラス」を用いたミラー(高透過ミラー)であれば、反射を繰り返しても色被りが起きにくく、より本来の色に近い状態で奥行きを表現することが可能です。
反射率の限界と減衰
鏡の反射率は通常90%前後であり、100%ではありません。
光が金属膜で反射する際、エネルギーの一部は自由電子の動きによって熱へと変換されます。
反射を繰り返すごとに光の強さは指数関数的に減衰していくため、どんなに精度を高めても、物理的な限界として映像は暗くなり、消滅します。
まとめ
合わせ鏡が生み出すドロステ効果は、銀の膜による反射、ガラスの成分による光の吸収、そして設置角度の精度という、複数の要素が重なり合って成立しています。
日常で見かける何気ない景色の中に、光の物理法則と素材の化学反応が凝縮されている。
そう捉えると、鏡の向こう側の世界もまた違った視点で見えてくるのではないでしょうか。































