強化ガラスは、建築物で使われる高強度な安全ガラスですが、極稀に「何もしていないのに突然割れた」という現象が起きてしまいます。
このような現象は「自然破損」と呼ばれ、強化ガラス特有の現象として知られています。
本記事では、自然破損の仕組みと原因、ヒートソーク処理による対策、そして保証の考え方まで、専門的な視点からわかりやすく解説します。
⚠本記事の解説は、建材などに使われる熱強化ガラス(物理的に強度を高めたもの)に限定されます。スマートフォンのガラスなど、化学強化品とは特性が異なります。
目次
強化ガラスが“突然割れる”のはなぜ?
強化ガラスの自然破損とは、外部からの衝撃が加わっていないのに、突如としてガラスが粉々に砕けてしまう現象を指します。
この一見不思議な現象には、強化ガラスの繊細な構造的特性が深く関係しています。
引張応力層という「弱点」
通常のフロートガラスに熱処理(高温加熱後の急冷)を施した強化ガラスは、表面に圧縮応力層、内部に引張応力層を形成しています。
この応力バランスによって一般ガラスの約3〜5倍の強度を誇りますが、この内部の引張応力層こそが、自然破損の引き金となる部分です。
主な原因:NiS(硫化ニッケル)
自然破損の最大の原因は、板ガラスの製造工程でごくまれに混入する微細な不純物、NiS(硫化ニッケル)です。
NiSがガラス内部の引張応力層に存在すると、時間の経過や温度変化によってわずかに体積が膨張します。
この膨張がガラス内部に応力を集中させ、微細な亀裂(マイクロクラック)を生じさせます。
そして、ある瞬間その応力が限界に達すると、ガラス全体が「パーン!」という比較的大きな音とともに一瞬で破壊されます。これは「NiS膨張破壊」とも呼ばれます。
フロートガラスでは起きない理由
強化処理をしていない一般のフロートガラスには応力層が存在しないため、NiSが存在しても膨張による内部破壊には至りません。この点が「強化ガラス特有」とされる理由です。
NiS以外の要因
NiSが主因ですが、強化ガラスの表面やエッジにある外部からの傷や、施工時の不適切な圧迫(枠の歪みによる応力集中)なども、引張応力層に影響を与え、結果的に破壊の引き金となることがあります。

「ヒートソーク処理」で自然破損リスクを大幅に低減
自然破損は外観検査などで事前に見つけることがほぼ不可能です。
そのため、現在では強化ガラス出荷前に「ヒートソーク処理(Heat Soak Test)」が行われています。
ヒートソーク処理とは?
ヒートソーク処理とは、強化ガラスに再び約300℃の熱を加え、数時間保持することで、内部にNiSを含むガラスがこの段階で破壊されるように誘発する試験です。
この工程を経ることで、出荷後に自然破損する可能性のあるガラスを製造段階で排除できます。
ヒートソーク処理を行うと、自然破損の発生率は数万枚に1枚レベルまで低減できると言われています。
国産メーカーでは、6mm厚以上の強化ガラスにはほぼ標準的にヒートソーク処理が行われているのが現状です。
ヒートソーク処理(Heat Soak Test)の詳細 | |
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処理内容 | 強化ガラスに再び約300℃の熱を加え、数時間保持する。 |
効果 | 自然破損する可能性のあるガラスを製造段階で排除。 |
現状 | 国産の**6mm厚以上**の強化ガラスには、ほぼ標準的に行われている。 |
自然破損の発生頻度
自然破損は極めてまれな現象です。
統計的には、ヒートソーク処理前の強化ガラスではおおよそ1,000枚に1枚程度発生することがあります。
しかし、国産メーカーでは出荷前にヒートソーク処理を行うため、リスクは数万枚に1枚レベルまで低減されます。
現実的には滅多に起こらない現象ですが、理論上、完全にゼロではないことを理解しておくことが重要です。

ヒートソーク処理済みでも“ゼロ”にはできない理由
ヒートソーク処理を経ても、理論上は自然破損のリスクを完全にゼロにすることはできません。
これは、NiSの微細なサイズや分布、ガラスの厚みや形状など、すべての条件を完全に再現できないためです。
そのため、公共施設や高層建築などでは、破損しても安全性を確保できる仕様が求められます。
代表的な安全対策
- 合わせガラス仕様にする(強化合わせガラス)
→ 破損しても中間膜がガラス片を保持し、落下・飛散を防止。 - 飛散防止フィルムを施工する
→ 自然破損時の二次被害を防ぎ、安全性を高める。
これらの対策は、自然破損が不可避であることを前提とし、二次被害を防ぐために採用されます。
自然破損は「保証」されるのか?
自然破損が保証の対象となるかどうかは、メーカーや製品仕様によって異なります。
- 一般的な破損との区別: 外部からの衝撃や施工不良などによる破損は、原則として保証外とされます。
- NiSによる自然破損: NiSを原因とする自然破損については、メーカーによっては一定期間の保証制度を設けているケースがあります。
施工前に確認すべきこと
保証の範囲や条件はメーカーごとに異なるため、強化ガラスを採用する際は、メーカーまたは施工業者に対し、保証内容と期間を事前に確認しておくことが大切です。
自然破損を正しく理解し、安全性を確保しよう
強化ガラスの自然破損は、NiS(硫化ニッケル)という目に見えない不純物から生じる避けられない特質です。
強化ガラスを採用する際は、この「自然破損」を正しく理解し、合わせガラス仕様や飛散防止フィルムの併用といった安全対策、そして保証内容について事前に確認しておくことが、安全な使用の第一歩となるでしょう。