建築物に使用されるガラスは、採光や開放感の演出に不可欠な建材ですが、割れた際の破片飛散や落下の危険性があるため、安全性の確保は法律上の絶対的な義務です。
建築基準法は、ガラスを含む建築部材に対して人体への危害を防ぐ性能を規定しており、設計者・施工者はこの基準を深く理解し、適合する材料と施工方法を選定する必要があります。
目次
法令が求める安全要件:適用部位と高さ基準
法令上の名称と技術的確認構造
建築基準法の条文に「安全ガラス」という言葉は登場しません。
これは、建築基準法施行令第126条の2が定める「人、物が衝突した場合に生ずる危害を防止するために必要な措置」といった安全要件を満たす部材の総称として実務で使われているためです。
設計・施工実務においては、以下の順序で技術的な適合性を確認します。
- 建築基準法・施行令(要求性能)
- 国土交通省告示・通達(技術的基準)
- 業界設計指針(実務的な選定基準と計算方法)
- メーカー試験データ・認定仕様(材料の適合性)
安全設計が義務付けられる部位の「高さ基準」
安全ガラスの使用が義務付けられるのは、人体衝突の危険性が高い部位です(短辺が45cm以上のガラスに適用)。
床面からの垂直距離によって基準が異なります。
適用される建築物の種類 | 床面からガラス下辺までの垂直距離 |
居住専用部分(住宅など) | 30cm未満 |
その他の部分(事務所、店舗など) | 45cm未満 |
学校、体育館、浴室等 | 60cm未満 |
出入口のドア及びその隣接部 | すべての高さ |
安全ガラスの種類:機能と破損特性
安全ガラスは、主に「強度強化」と「飛散防止」の二つの機能で分類されます。
ガラスの種類 | JIS規格 | 破損特性と機能 | 主な用途と留意点 |
強化ガラス (Tempered Glass) | JIS R 3206 | 割れた場合、粒状に細かく砕ける。重傷を防ぐが、破片は脱落する。 | 衝突安全が求められる室内建具。加工後の切断・穴あけは厳禁。 |
合わせガラス (Laminated Glass) | JIS R 3205 | 破片が中間膜に貼り付いて飛散・脱落を防止する。高い耐貫通性を持つ。 | 転落防止、防犯、高所の手すりなどに必須。 |
強化合わせガラス | JIS R 3205 / 3206 | 強化ガラスの高衝撃耐性と合わせガラスの飛散防止性を両立。最高クラスの安全性。 | 高層建築の手すり、公共施設など。 |
網入り/耐火ガラス | 大臣認定 | 火災時に遮炎性能を確保し、破片の脱落を防止。 | 防火地域・準防火地域の開口部。 |

用途別強度基準:衝突力の実務値
ガラスに求められる強度は、45kgのショットバッグを落下させる衝撃試験によって評価されます。
この「落下高さ h」が、設計実務で使われる具体的な強度基準です。
要求される安全レベル | 想定される衝突状況 | 設計用衝突力(落下高さ h) |
極めて高い安全性 | 成人の高速歩行や走行による激しい衝突 | 120cm |
高い安全性 | 成人の通常の歩行や転倒による衝突 | 75cm |
転落防止と室内衝突の安全対策
転落防止が義務付けられている床から1.1m未満の手すりなどでは、割れても脱落・飛散しないことが絶対条件です。
通常のフロートガラスは使用できず、条件に合う安全ガラスの選定が必須となります。
また、室内ドアや間仕切りでは、その用途に応じて上記で示した75cmや120cmの強度基準をクリアする厚みのガラスを選定します。
極端な環境への対応と特殊ガラス
高層建築や強風地域では、ガラスの強度に加え、風圧や飛来物に対する耐貫通性能も確認し、板厚の増加や合わせガラスの採用を検討します。
設計図には、耐風圧力やガラスの種類だけでなく、支持構法を明確に明記することが、安全性を担保する上で不可欠です。
チェックポイント
構造と素材に関する確認
- 一体設計の原則: ガラスの強度は、サッシへの嵌め込み寸法(飲み込み深さ)や支持金物と合わせた開口部全体で検証されなければなりません。ガラス単体の性能試験データだけで判断することはできません。
- 強化ガラスの二次災害対策: 強化ガラスを単板で高所に用いると、破損時に破片が脱落する二次災害リスクが発生します。また、強化ガラス特有の自然破壊リスクを低減するため、公共性の高い場所ではヒートソーク処理を施した製品の採用を検討しましょう。
まとめ:安全ガラス選定の原則
「安全ガラス」は、建築基準法に基づく安全要件を満たすための設計概念であり、単なる建材の名称ではありません。
通常のフロートガラスは転落防止用途には使用できず、高所では脱落リスクのない合わせガラスまたは強化合わせガラスの採用が、人命を守るための最良の選択です。
法令の裏付けとなる具体的な強度基準と、一体設計の原則を遵守することで、建築物の安全性と快適性は両立します。